モデルになったにんじん

初めて種から育てた野菜、人参。

人参もそんなに好きな野菜ではないからなくても困らない。

ただ、庭の風景のなかに、人参の葉がほしかった。

ピータラビットや赤毛のアンの世界を表現するのに、

わたしは人参の葉っぱが必要なの。

イタリアンパセリやセロリの葉っぱもそう。

 

この人参を種から育てるプロセスと収穫した時の感動、味は

わたしにとって、世界が広がった経験だった。

わたしの外に広がる世界ではなく、明らかにわたしという世界が広がった。

 

買ってきた苗から育てるのなんて、育って当然じゃん、育った後じゃんぐらい思うようになり、

そのようなことの何が楽しいのかと感じるようになった。

種からある程度の大きさの苗になるまでがドキドキ、ドキドキで育てているという実感がある。

苗を買ってくることに抵抗を感じるようになった。

料理と一緒。出汁を自分でとらないで、化学調味料で作ることはわたしにとっては料理ではなく

混ぜるだけの調理。わたしにとって料理は出汁をとるところなど下拵えのプロセス。

 

発芽して、芽吹いて、花が咲き、実り収穫して料理。

料理する時に採種し、また種を蒔く。その一連の繰り返しが

わたしにはたまらなく楽しい。そして料理のはじまりは、土を作るところからになった。

わたしの菜園は土も山の土、山の落ち葉でできた天然の腐葉土。

もちろん肥料は買っていない。剪定した枝や集めた落ち葉を燃やして草木灰にし、

山の黒土に混ぜる。野菜によっては見つけた赤土の部分を掘ってブレンドしたりする。

卵の殻や魚の骨、バナナの皮etc を土に混ぜ肥料としている。

それでも毎年、幸運なことに大豊作。

 

人参は、発芽して間もない小さな葉っぱすら、すでに人参の甘い味がして涙がでた。

収穫して、食べた時、在り難い想いで顔があつくなり、

宗教とか全く関係なく、太陽、風、雨、夜、土...全てに感謝の想いがこみあげて

温かい涙があふれた。

 

この新天地に来て初めて知った4月におりてくる遅霜、

雨でうたれて種が土から出てしまう事態、

発芽したのに間引かなくてはならないこと、

発芽するのに必要な温度.....

 

この人参は今のわたしを生かしてくれている仲間。